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田川簡易裁判所 昭和36年(ろ)5号 判決

被告人 建野巖

昭一三・七・二九生 大工職

主文

被告人を罰金一、〇〇〇円に処する。

右罰金を納めることができないときは金二〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

押収に係る飛出しナイフ一本は被告人から没収する。

訴訟費用中、国選弁護人に支給した昭和三六年三月二日以降の日当及び報酬のうち金一、三〇〇円は、被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は業務その他正当な理由がなくて、昭和三五年一一月一一日午前零時五〇分頃田川郡添田町野田、加茂神社お旅所御堂において、あいくちに類似する刃渡五・三センチメートルの飛出しナイフ一本を、その上着左外ポケツトに入れて携帯したものである。

(証拠の標目)(略)

(適用した法令)

銃砲刀剣類等所持取締法第二二条、第三二条第一号。

罰金等臨時措置法第二条、刑法第一八条、第一九条第一項第一号第二項、刑事訴訟法第一八一条第一項本文。

(本位的訴因についての判断)

検察官は本位的公訴事実として、

被告人は法令の除外事由がないのに、昭和三五年一一月一一日午前零時五〇分頃田川郡添田町野田、加茂神社お旅所御堂において、刃渡六センチメートル位の飛出しナイフ一本を携帯所持したものである。

というのであつて、右公訴事実中飛出しナイフの刃渡の点を除き、その余は前示証拠により認定される。そして検察官は本件ナイフの「刃渡」は刀身の峯部の長さ、即ち鋩子から固定装置の先端まで(末尾図参照)と釈明する。なるほど「刃渡」とは「刃」そのものとは直接関係がなく、又「刃」が附いていないいわゆる「あごした」も「刃」と同様な働きをするものであるから、日本刀と同じ測定方法をとるときは、「あごした」を不当に長くした飛出しナイフを規制することができなくなるとの説もないではない、しかし本来「刃渡」とは「刃」の長さを言う文言であつて、「刃」のない部分までも含ませることは無理な解釈であり、論者の言う「あごした」を不当に長くした飛出しナイフを規制するには、行政的にその製造を制限すればよく、これが不能事であるならば、立法上飛出しナイフについては「刀身」又は「刃体」など従来の「刃渡」という文言と異なる用語を使用して、その規制をするを相当と考える。従つて当裁判所は、本件ナイフの「刃渡」の測定について、検察官の主張するような方法は相当でないと認める。そして押収に係る飛出しナイフの検証の結果並びに鑑定人福山武の鑑定の結果に徴すると、本件飛出しナイフの「刃渡」は五・三センチメートルであるので、銃砲刀剣類等所持取締法(以下法という)第二条第二項の「刀剣類」に該当せず、法第三条の「所持禁止」の対照物とならないので、右本位的公訴事実は罪とならない。

(判示事実についての弁護人の主張について)

第一、弁護人は、法第二条の「刀剣類」中飛出しナイフには「刃渡」の制限があるが、あいくちについては「刃渡」の制限なく別個に規制されているものであり、その形状もあいくちに類似するものでないと抗争する。なるほどあいくちと飛出しナイフは一見異なる形をしている、しかし「あいくち類似の刃物」というは「その形状、性能又は用法があいくちに類似し、携帯が容易で、社会通念上人の殺傷の用に供せられる危険性を有すると認められる刃物をいうことは判例上一貫している見解である。そこで本件飛出しナイフを見るに、閉刃した場合、刃体を折込む鞘は固定装置の部分を含めて長さ八・八五センチメートルあり、指先の操作で押金を安全装置をづらして押すと、刃渡五・三センチメートルで中央から先端が三角型にとがつた部分と、長さ〇・七五センチメートルの「あごした」の部分を有する刃体が、自動的に一八〇度に開刃して飛出し、鞘が柄となり、片手で操作され得る構造となつている、従つてあいくちのように人目につかないよう携帯することもできるし、社会通念上、人の身体損傷の用に供せられる危険性を有するものと認められ、その形状及び性能、用法の点において、頗るあいくちに似ているので、本件飛出しナイフは「あいくちに類似した刃物」と認めるのが相当である。よつて本主張は採用できない。

第二、つぎに本件飛出しナイフのような、所持を許されている刃物については、その携帯も許されるとの主張について考える。刃物類(銃砲類についても同様に考えられるのであるが、ここでは刃物類のみにつき述べる)の所持又は携帯を禁止する所以は、公共の秩序を保持し、人の生命、身体に対する危害を防止するためである、そして所持とは広く、刃物類を一定期間自己の支配内に置くことであり、携帯とは所持の一態様であるが、これよりも狭く携えること、即ち手に持つか、身体に帯びるなど、自宅ないし居室以外の場所において身近かに持つことをいうのである、従つて刃物類をもつて容易に人の生命、身体に危害を加え得る危険性は、所持に比べて大なるものがあるから、所持以外に携帯を禁止する理由があるのである。それなればこそ、所持を許されている法第四条の「許可刀剣類」、法第一四条の「登録刀剣類」についても、法第一〇条、第二一条により原則として携帯、運搬を禁止しているのであつて、「あいくち類似の刃物」についてもこれと同じ理由により、業務その他正当な理由による場合を除き、原則として携帯を禁止しているのである。被告人が判示日時に判示場所において本件飛出しナイフを、判示のような状態で携帯していたことについて、被告人に業務その他正当な理由があつたと認められる資料がないので、本主張も採用できない。

(訴訟費用について)

本件は初めに前記本位的訴因による公訴事実により起訴があり、その訴因について審理中、昭和三六年三月一日予備的に判示同旨の事実の訴因が追加されたものである。そして前記のとおり本位的訴因は罪とならないものと認められ、予備的訴因について刑の言渡をしたものであるから、予備的訴因の審理について要したと認められる主文掲記の訴訟費用のみを、被告人に負担せしめることとする。

よつて主文のとおり判決した。

(裁判官 吉松卯博)

(参考)

図〈省略〉

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